城跡散歩

rainbow75.exblog.jp ブログトップ

<   2012年 01月 ( 1 )   > この月の画像一覧

藤堂高虎と今治城(愛媛県今治市)

b0162268_3104965.jpg

「武士たる者、七度主君を変えねば武士とは言えぬ」と、なんだかよくわからない基準を持った藤堂高虎が築城した今治城。

立派な望楼型の模擬天守ですが、往時は建築期間やコストを削減できる、新しいタイプの層塔型天守が聳えていました。


b0162268_3202014.jpg

水に浮かぶ美しい砦のような趣の今治城。
姫路城や熊本城など、名城と言われる多くの城の縄張りは、本丸に辿りつくまで複雑な通路や仕掛けを幾重にも重ねた防御態勢が採用されていますが、今治城は本丸、二の丸、三の丸が隣接する至ってシンプルな縄張りとなっています。


b0162268_3315888.jpg

虎口には侵入者を阻む分厚い鉄御門。城内には再建された多聞櫓も。

今治城の防御姿勢は「入らせなきゃええやん」ということらしいのですが、侵入を防ぐため石垣を高くして、海水を引き込んだ堀は鉄砲の射程外になるよう幅を広くとるといった高虎築城術の特徴が集約されています。石垣下には犬走りというスペースがあり、石垣のメンテナンスや石垣に取り付く敵を迎撃するなどの用途が。

さらに城壁には無数の狭間と櫓からは大砲までぶっ放せるような大砲狭間とでもいうのでしょうか、大きな窓が備え付けられています。防御、攻撃面で新兵器に対応した高虎の工夫が随所に見てとれる今治城です。

b0162268_34232.jpg

天守からは見事な瀬戸内海の景が。往時は海から堀に直接船で出入りができたそうで、三大海城たる所以。


b0162268_3471225.jpg

築城名人としても、武将としてもなかなかの活躍をした高虎ですが、やはり主君を何度も変えたせいでしょうか。風見鶏などと揶揄されて、知名度の割には今一つ人気は高くない印象です。

しかし最初に仕官した浅井家は滅亡、秀吉の実弟秀長に仕えるも病死と、やや不運の向きもあった上に、才能がなければ秀吉、家康といった時の天下人に重用されることもなかったわけで。さらに一旦仕えた主君には忠節を尽くします。特に家康に対しては、死後に来世でも仕えられるよう家康と同じ宗派に変えたという逸話があるほど。私としてはもっと日の目を当ててほしい武将なんですけどね。

タオル生産日本一の今治市、タオルの腹巻をした鳥の「バリィさん」というゆるキャラがいます。なんで鳥なんかなーと思っていたら、今治市は焼鳥でも有名だそうで。

ゆるキャラとして食用というのはどうなんでしょうか。
[PR]
by utah_jazz12to32 | 2012-01-19 04:04 | 愛媛県の城跡

九州を中心に有名無名問わず、城跡の散策・撮影と歴史背景を探索


by joe-un
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite